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台風とウナギ

台風13号が近づき,午後の仕事がナシになった。疲れがたまっていたのでありがたい。昼過ぎに帰ってきて冷蔵庫の残り物を食べて昼寝。おきたら17時。まだ雨は小雨のようだ。トイレットペーパーが切れそうなので,意を決して自転車でスーパーへ。九州人は台風がくると興奮し,意味もなく外へ出たくなるのだ。

スーパーは空いていた。さすがに。何か安売りしているものはないかと物色したところ,なんとウナギが。普段なら4人前4000円のところを半額の2000円。しかもそこから20%引き。ウナギ,余ってるのかなー。絶滅危惧種だってことが周知されて,みんな買わなくなったのかなー。うちもそうだ。しかしこのまま破棄されるとしたらもったいない。大切な命をいただきます。これだけあれば家族5人でも十分ですよ。

そもそもうちの子らはウナギあんまり好きじゃない。小骨が刺さるからだとか。ガキじゃのう。ということで妻と二人,大人ばかりがバクバク食べる。ウナギおいしい。早くうな次郎が進化するか完全養殖が実現して,安心してウナギを食べたいものである。科学者のひと頑張って。
 
 
 
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サイト更新しました

旧知の方々へ。サイトを更新いたしました。16年ぶりです。前回の更新は2002年でした。実はサイト開設から10年目の2007年に,更新しようとしたことがありました。でも出来ませんでした。最終更新から10年後の2012年ごろに,また更新しようとしたことがありました。でも出来ませんでした。さらにサイト開設から20年目の2017年10月,今度こそ更新しようとしましたが,やっぱり出来ませんでした。

なぜ出来なかったのか。まずFTPのサーバー名とかパスワードとかがわからなくなってしまった問題。多分プロバイダーに問い合わせればわかるのだろうが,その問い合わせをするという面倒くささがそのうちそのうち,ちょっと待っててね,また今度ね,そういってるうちに月日は流れ。

もうひとつは使用ソフトの問題。バリバリ更新してた頃はネットスケープナビゲーターゴールド3というソフトを使っていて,これはメモ帳でhtmlをパチパチ打たずともワープロ感覚でサクサクとページが作成できて,しかもアップロードも登録しとけばワンクリックで可能という便利モノだったので,とても気楽にやれてたのです。しかし今や。もう。

まー今ならもっと簡単なソフトがたくさんあるのだろうけど,でもじゃあどれがいいのか,またどれを使うにしても結局またイチから習得せねばならないわけで,えーと,ちょっと待ってね,そのうちね,といってる間に月日は流れ。

今回やりきったのは奇跡に近い。なんかすげーやる気が出てきた。がんばった。そしてリアル生活でもちょっと余裕があった。たまたまですが。まずhtml作成は,3つほど窓の杜でフリーソフトを試してみた後,マイクロソフトのExpresion Web4というソフトにした。アップロードはFFFTPというソフト。サーバー関係の情報もプロバイダに聞いた。わかった。準備はそろった。あとはやるだけだ。

そしてやりました。やりきりました。特に新ネタがある訳ではありません。でも更新した。すっきりした。ずっと心にひっかかっていたことが出来たので,実に気分がよい。思えばたったこれだけのことをやるのに,なんで16年もかかったのかと不思議な気持ち。その間,mixiだのツイッターだのでほぼ毎日,好き放題に書き散らし垂れ流してきたというのに。

で,やってみたら面白くなってきて,また新ネタでも作ろうかいみたいな気持ちが出てきたけれども,それがどこまで持続するやら。結局また16年後かもしれない。しれない。
  
  
  

正しいラーメン

さいきん文化盗用という問題が少々話題になったので思い出したこと。約30年前,九州から上京したばかりの頃に,バイト先の年上の人から「九州から来たのかあ。あっちは邪道のクサいトンコツしかないよね。本当の正しいラーメンを教えてあげるよ」としょうゆラーメン(たぶん鶏ガラか煮干し)を食わされた経験がある。おそらくだけど,彼はきっと「善意」だったのだろう。本当に親切心から,かわいそうな九州の野蛮人を導いてあげているつもりだったのだろう。そこが怖いところなんだけど。

あのころ東京で豚骨ラーメンを食べることはたいへん困難だった。提供する店がほとんどなかった。たまにあっても東京風にアレンジしたせいか,九州ラーメンとは似ても似つかぬ代物が出てきてがっかりさせられた。実家から送ってもらう「うまかっちゃん」「マルタイラーメン」で,かろうじて命をつないでいた。テレビでタモリが「なんでんかんでん」という店は,本格的な九州ラーメンを出すと言っていた。コーフンしてわざわざ電車にのって行ってみたが,ラーメンで1000円,替え玉で150円くらいとられて絶望した。高校時代に通っていた「みち」だったらラーメン300円,学生ラーメン(中身は同じ)250円,替え玉50円だったのに。

それから30年。豚骨ラーメンは一大ジャンルとして確立された。東京だとちょっと大きな駅前には必ず豚骨の店があるし,ニセモノじゃない,ちゃんと九州ラーメンらしい九州ラーメンが出てくる。まして豚骨を関東風にしょうゆアレンジしたものが横浜家系などと名乗り,ブランド展開している現状は,まあ少々納得がいかなくもなくもない。せめてあの時の人に言ってやりたい。どうだ参ったか,豚骨はうめえんだよ。

あのとき自分が傷ついたのは,地元のラーメンを否定されたからではない。長年ラーメンを食べてきた自分の人生,家族でラーメンを食べておいしいねと言い合ったあの時間,学校帰りに同級生とラーメン食ってうめえなあと言い合ったあの思い出,自分だけじゃない,あのラーメンをおいしがってきた家族親戚友人たちを,知りもしないくせに一方的に否定してきたからなのだ。「邪道」「間違っている」とされたのだ。そこに傷ついたのだ。20歳前後の自分はそこまで気づいてなかったし,また言えなかっただろうけども。

話は変わる。仕事先でよく話すTさん。東京生まれ東京育ちの60歳。Tさんは「申し訳ないけど,僕はやっぱりしょうゆラーメンだなあ。豚骨はあの匂いが苦手でねえ」とおっしゃる。今後もチャレンジしようという気持ちはないらしい。それはそれでスジが通っているし,こちらも別に傷つかない。そうなんですよね臭くてすいません,くらい。不思議。Tさんから見ると「最近はどこも豚骨ばっかりだねえ,僕の好きな昔風のラーメンは少なくなったよ」ということらしい。Tさんも被害者なのである。侵略してすいません。豚骨が美味しくてすいません。ニヒヒ。

もしも,もしもそんな人がいたらの話だけど,例えば昔は「東京ラーメンこそが正統だよ,九州のトンコツ? あんなクサいもの食えたもんじゃないよ~」とか言ってて,今は「替え玉バリカタ! いやーこのギトギトがたまらないよねえ」とか言ってる人がいたとしたら。もしそんな人がいたとしたら,それはさすがにちょっと,ちょっとくらいは,謝って欲しいなあと思う。私にではなく,30年前の私に。
  
  
  

「本格的」とかイイから別に

スマホゲームで第二次世界大戦ものの戦争ゲームをしている。こういうのはちょっとしたヒマつぶしなんだから,あんまり頭を使ったり手間ひまをかけたりしたくない。お気楽・お手軽が望ましい。だけどイイ感じのゲームがあって,せっかく好評なのに,続編がでたら新システムとか新機能とかが追加されてどんどんややこしく,面倒くさくなっていく。だから結局いつまでもパート1だけ遊んでいる。資本主義社会における会社の運営上仕方のないことかも知れないけど,こちらはもっと楽しくソ連戦車で満州を蹂躙したり,大量に作ったシャーマンでドイツ平原を蹂躙したりしたいだけなのだ。マップだけ増やしてくれればいいのだ。なんで面倒くさくするかなあ。  
  
  
  

三十年一世

十がふたつで廿,みっつで卅(機種依存文字?)らしい。この卅が変化して世になったとか。ルイ14世とかエリザベス2世とかの世である。だいたい王様や皇帝の在位は平均30年くらいらしくて,つまり昔のひとはちゃんとわかっていたんだなあ,だいたい30年で世の中はひとめぐりするのだなあとしみじみ思う。昔は50,60歳くらいで死んでいたから,20歳くらいで自分というものがしっかり出来上がったら,もうそれで死ぬまでだいたいオッケーだったはずである。しかし現代の日本は平均寿命80歳。ということは20歳で自分を作ったら,50歳くらいで一旦リニューアルというか再構築というか,第2自分を作り直す必要があるのではないか。近頃そういうことを強く思うようになってきた。

いま自分は47歳,今年の12月で48歳。もう50歳である。あと,去年の3月に父が亡くなったのも大きい。何かこう,並んでいる列が進んで一歩前に進んだ感じがする。列の先はずっと遠くてまだ見えないが,かといって後ろをみても,もう遠すぎて見えなくなっている。そんなお年頃。それから最近だとミートゥー運動。横綱ビール瓶殴打事件。などなど。昔だったら,30年前だったら大したことではなかったのだろう。でも今はアウト。世は変わりつつある。おりしも再来年で平成が終わり,ちょうど30年くらいで終わり,新しい世が始まる。昔だったらワンポリシー,ワン価値観で行けたはずだが,ここらでもう一度つくりなおさないと,よくいる「ワシが子供のころはこうじゃなかったジイサン」になってしまうのだろう。それは怖い,嫌だ。実際のところはやりたくない。今まで曲がりなりにも30年これでやってきたんだから,それを否定して間違っていたことにするのは嫌だ。疲れる。したくない。面倒い。でもここで頑張れば,あと30年は乗り切れる訳だから,なんとか頑張ってニュー自分を作っていきたいと思う。

30年前,「米焼酎,これしかないわ!」とCMで叫んでいた書道家の榊莫山先生は,「10年たったらやり方をガラッと変える。そうしないと自分で過去の自分の真似をし始める」とおっしゃっていた。いい言葉と思い,ずっと覚えている。われわれ芸術家でもない凡人は,10年はサイクル早いのかも知れないが,それでも30年くらいでいったんやり直す必要はあるのだろう。仕事のやり方,考え方,生き方,何を大事にするべきか。あれこれ悩ましいお年頃である。